タイタニック 

―映画館の上映環境は重要だ―

" アイビー 花言葉 『永遠の愛』 "

(C)1997 Twentieth Century Fox Film Corporation and Paramount Pictures Corporation. All rights reserved.

あえて言わせてもらうと、名古屋にあるヘラルドシネプラザ1のスクリーンは時代遅れである。画面の中央から横にシネラマみたいに湾曲しており、今の映画に若干ピントも合わないし、スクリーンを見ていると非常にイライラする。こういう映画館を放置してはいけない。『フィフスエレメント』もこの映画館で観て、リュック・ベッソンが作ったあの目が痛くなるようなオレンジ色をこのスクリーンと映写機によって、暖色と認識してしまった。映画館の環境は映画を見る上で、とても大事だと思う。下手をすれば、映画全体を間違った方向に解釈をしてしまう恐ろしいトラップである。

  一般の人々も映画を観ながら、どこか変だなと考えていると思う。しかし、どこかおかしいのか明確にはわからない。ほかの劇場で同じ映画を観るまでは。学生時代、自由が丘の武蔵館でゴダ-ルの『気狂いピエロ』を観にいった時、ゴダールの永遠に美しい原色がピンぼけしていたのに怒り、受付まで抗議しに行き、上映後に映写室まで文句を言いに行ったことを思い出した。今は、そういう純粋さと思い込みが髪の毛と一緒に薄くなってはいるが、この憤りは当分収まりそうに無い。

 さて、本題の映画の話に入ると、華麗で、気品があり、ゴージャスで、映画全体の素晴らしさは、あらゆる最上級の形容詞があてはまる。新作ごとにグレードアップするキャメロンのたゆまぬ努力に畏れすら感じる。誉める事は、たくさんあり過ぎるのでここでは述べないが、ひとつだけ気になった事がある。   

主人公ふたりをとりまく人物の描き込みが足りない。キャル(ビリー・ゼーン)がローズ(ケイト・ウィンスレット)にあれほど執念を燃やす意味が希薄で、なおかつ3時間もあるのに、脇役を含めた人物像にも面白味に欠ける。ふたりのラブロマンスに労力をかけた分、そこがないがしろになっていた。だからと言って消化不良を起こすわけではない。ラストには映画そのものに全身がしびれ、感動で胸がいっぱいになるシーンを用意してくれるからである。ジャック(レオナルド・ディカプリオ)が海に沈んでいくシーンは、E・Tの自転車が飛ぶシーンに匹敵するし、ふたりが船首で抱擁しキスするシーンは当分頭から離れそうにない。

最後に、ケイト・ウィンスレットの初見映画はアカデミー賞にノミネートされた『いつか晴れた日に』ではなく、デビュー作の『乙女の祈り』(ミック・ジャクソン監督)であったこと、ビックになる前に観ていたのは、映画ファンとして自画自賛している。

1998年1月