マディソン郡の橋

―メリル・ストリープのひとすじの涙とともに、私たちの涙腺も一挙に破裂する―

" 花言葉 『ミモザ』 秘密の恋 "

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今更声を大にして騒ぎ立てる気はないが、クリント・イーストウッドの『マディソン群の橋』は大人の香りがする傑作である。彼の映画を見つめるとき、映画的感性に満ちみちたそのフィルムをどう確認したらいいのか、どう見届けたらいいのか、考え続けると、どこからともなく「自分で発見しなさい」と声がおりてくる。そんな映画である。

ロバート・キンケイド(クリント・イーストウッド)は、道案内としてフランチェスカ・ジョンソン(メリル・ストリープ)を乗せてローズマンブリッジへ向かう。その途中でフランチェスカにたばこをすすめ、ライターで火をつけるとき、二人の顔が近づいたあとトラクターがすれ違う。さらに、橋についたときに、またトラックが1台やってくるシーンを並べることにより、二人の男女がいる空間は不倫の香りで充満する。

プロデューサーとしての彼の功績は、なんといってもフランチェスカ役にメリル・ストリープを大胆にも抜擢したことだろう。演技派の大女優を安易に持って来た企画と違い、ストリープならでは女性がそこには描かれている。大雨の中、92号線での別れのシーン、二人がみつめ合う時、雨の音が消え、二人だけの世界が形成される。二人の間には常に音楽が流れていたことを考えれば、この無音空間は、二人の中で、無菌の恋として燃えつづけ、永遠に宿りつづける。

二人が別れてから数十年後、フランチェスカのもとにロバートの遺品として、カメラやペンダント、雑誌、写真集などが送られて来る。その写真集の赤茶色(橋の近くにあった小屋の色と同じ)のハードカバーをめくり“For F”(フランチェスカへ) という献辞が目に飛び込んでくるとき、1965年のマディソン郡での思い出がめくるめく脳裏に広がる。永遠に美しい顔、ストリープの顔がアップになり、大粒の涙が彼女の瞳からこぼれ落ちるとき、イーストウッドがなぜストリープを選んだのか本当の理由が分かった気がした。 この奇跡的に美しいシーンが通りすぎた後、イーストウッドとともにこのシーンに祝杯をあげたい衝動にかられる気持ちを押さえると、どうしても涙があふれてきて止まらないのである。まさしく、映画は映画でないと語ることが出来ないことが証明されたのである。

1996年4月