尾崎支配人が泣いた夜 DOCUMENTARY of HKT48

ーAKB48への思いー

" ネコヤナギ 花言葉 『努力が報われる』 "

(C)2016「DOCUMENTARY of HKT48」製作委員会
出典:公益財団法人ユニジャパン

指原莉乃(HKT48所属)が監督したHKT48のドキュメンタリー映画はドキュメンタリーとしても、映画としても卓抜している。
この映画で指原は、監督であり、プロデューサーであり、インタビュアであり、ナレーターでもある。さらに、映画の中では出演者として、複数の役柄を身に纏っている。劇場支配人として、メンバーの先生として、グループの仲間として、ファンにとってのアイドルとして、見事にその役割を果たしている。
 
まず、監督としての指原はこうだ。膨大なビデオ素材から映画の肝となりうるシーンやカットを、仕事が終わってからも自宅で確認作業をする。誰にインタビューをして、何を撮りたいかを明確にし、被写体であるメンバーやスタッフにカメラを向ける。挙げ句の果ては、新曲の選抜メンバーを選考する会議にカメラを侵入させ、現状開示できるぎりぎりの線を公開することに成功している。
 
プロデューサーとして、誰を売り込むか、誰を引っ張り上げるかの指原の選択はこうだ。冒頭のシーンの中華料理屋では坂口理子を、次のシーンでは劇場での上野遥をおさえている。坂口には、常連選抜組を除いた残る僅かな席を勝ち取るまでの道のりを田淵さんというファンを伴走させ進行させている。上野に対しては、本来指原が演じなければならない出番の分身をさせ、劇場の空欄を埋める影武者役として生かして見せる。
 
劇場支配人としての指原がこうだ。1期、2期、3期毎にメンバーの座談会を開き、本音を引き出し、やる気を鼓舞する。また、HKT48の運営を管理する現尾崎支配人や前佐藤支配人に会いに行ったり、武井荘の事務所に訪れたりして、メンバーの率直な疑問や悩みの解消に務める。
 
メンバーの先生役としては、村重杏奈の“家”に訪問し、両親に話を聞き、姉妹に会い、ボルシチを食し、村重の思いや家庭での生活の一部を切り取る。また、自信を無くしている小学生出身アイドル矢吹奈子を勇気づけるために自宅まで押し掛けて話かける。
 
仲間として児玉遥には、センターとしての自覚を持たせるとともに若いグループのリーダー役を担うよう諭し、激励する。高級すきやきを食する場面しか記憶に留めない宮脇咲良には、エースの片鱗と風格を感じさせる一面を引き出す。反して、もうひとりの“さくら”朝永美桜は、『メロンジュース』でセンターの座を児玉や宮脇より早く仕留めたにも関わらず、圧倒的な華やかさを醸し出す宮脇に対し焦りを吐露し、終止弱気を晒す。さらに反して1st Single『スキ!スキ!スキップ!』の初代センター田島芽瑠は、戸惑いながらもセンターの重責を果たそうと懸命に堪えていく。同じ小学生出身アイドル、奈子とは対照的に考え方も、その場面場面の対応の仕方も大人の域に達している。映画で見る限り、宮脇、田島両名の精神力は強い。
 
映画の構成は過去のAKB48ドキュメンタリー映画のテーマに準拠している。なぜならばそれがAKB48グループだから。AKBドキュメンタリー映画は、「センターとは何か」「選抜メンバーになるためには」「総選挙のランクインとは」「卒業という選択とは」「紅白歌合戦に出演する意義とは」という5つのテーマを軸にしながら、彼女らの生の声や表情を捉えていく。これまでのAKBドキュメンタリー映画は、寒竹ゆりが監督した1作目を除き、どれもこれも散漫な印象を拭いきれない。それは、ただ記録された映像のトピックを拾い上げ、またイベントの象徴的な出来事をつまみあげ、つなぎ合わせるという一連の作業をこなす、雇われ監督たちの限界にある。だから指原は凄いのである。

指原は、いくつもの役割を演じながらメンバーと向き合い、彼女らの悩みや苦しみや悔しさや喜びにひとつひとつ寄り添っていく。後藤泉の卒業発表のくだりもなかなかAKB的に演出している。一方、ラストの9回裏では隠し球を2個も3個も忍ばせ、あっと観客を驚かす。

指原がドキュメンタリー監督として、HKT48ファンの思いや視線を受け止め意識し続けていながらも、そして自分の存在意義を確認しながらも、この映画で指原が本当にやりたかったことは、秋元プロデューサーへの媚でもなく、尾崎支配人の涙でもないと断言できる。それは「努力すれば必ず報われることを自分の人生を持って証明する」と宣言したAKB48初代総監督であり、今春卒業する“たかみな”こと高橋みなみの思いを一番意識したものである。永遠には続かないであろうAKB48グループメンバーのひとりとして、AKB48のこれまで蓄積したブランドを守り、末永く発展、活発化していくための心構えであったり、実践であったりする、AKB48イズムの作法をこの映画で残しかったにちがいない。そういった意味で映画の保存性や継承性を体現したドキュメンタリー映画の真髄が宿っている。

当然一人では、これらの素材を構成することは大変だが、ひとつのテーマに向き合う彼女のマジな姿勢に、映画のスタッフがベクトルを合わせ、彼女の思いを形にしたゆえに、このドキュメンタリー作品は散漫にならなかったのである。

2016年3月

出典:HKT48 https://www.youtube.com/watch?v=TSq4iqTfCqc