おくりびと
―死体と棺桶はまさしく映画的な素材である―

ミヤコスワレ 花言葉 『別れ』

出典:公益財団法人ユニジャパン
小さな楽団が解散となり、失業した小林大悟(本木雅弘)は、妻の美香(広末涼子)と一緒に大悟のふるさと山形に帰る。そこで大悟は新聞広告で“旅”の仕事を見つけるが、それは一般的な旅行会社ではなく、安らかに死者を旅立たせる納棺師の仕事であった。
小山薫堂が、すばらしいオリジナル脚本を作った。はじめ私は、“納棺師”という言葉を聞いたとき、棺桶屋のお話で一体全体どんなストーリーになるのか皆目見当がつかなかった。風雪の中を走る一台の車と二人の男。ベテランと新人の納棺師は目的地に到着する。納棺師の仕事は、死者に対し、死化粧を施し、死装束を着せ、死体を棺に納める仕事であることをこの映画で初めて知った。小説は“情報”というかたまりで物語の装置を作り、主人公を前進させる。この映画は、納棺師という仕事内容そのものが“情報”となって、主人公の成長や周囲の人々に仕事への理解を深めていく。
死者を扱う映画はまことに映画的な題材で、死者は決して目を開くことなく、生者はその死に顔をただ見つめるだけで、死者はいつも見られる存在として位置する。映画が見ることによって生成するメディアならば、この『おくりびと』はまさしく映画的な主題に挑戦した作品である。四角い棺桶に眠っている死に顔を外側から見るように、またその小さな扉から覗き込むように、そして傍には四角い遺影が置かれているように、人間は死者の存在を見守ることによって生きる価値や意義を見出していかなければならない。つまり、この映画の映画的な主題は「見ること」にほかならない。
キャストについて、山崎努の視線が素晴らしい。本木の身ぶりや手さばきは確かに見事だ。腑抜けた視線がだんだん力強い目に変わっていくのが気持ちよかった。余貴美子や吉行和子、笹野高史もしっかり後方支援する。広末涼子は、童顔とその舌足らずのしゃべりかたで好き嫌いがはっきりする役者であるが、今回死んだ父親との対面と納棺の儀のシーンで広末に「夫の仕事は納棺師なんです」と待っていましたとばかりに、夫婦関係を修復する決定打的な台詞にオーラを感じさせる。
最後のクレジットでは、死体役を押し付けられたDVDの撮影から時が過ぎ、一人前になって納棺の儀を執り行えるようになった本木雅弘の一連の動作を完了することで映画は幕を閉じる。監督の滝田洋二郎は、最後に脚本を最大限に生かすべく映画の様式美を静と動、死と生をひとつの画面にまとめることに成功している。
2008年10月



