『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』
ーアイドル映画復活なるか!?ー

" ワレモコウ 花言葉 『変化』 "

出典:公益財団法人ユニジャパン
通称“もしドラ”こと、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』が、女性アイドルグループAKB48の中心メンバー前田敦子の主演で映画化されると聞いたときは、久しぶりに心跳ねるような映画的ドキドキ感で胸が高鳴った。AKB48の中でPVやコンサートでも一番輝いているのはやはり彼女にほかならない。大島優子も小嶋陽菜も板野友美も、またほかのメンバーもみな勢いがあり、個性的ではあるが、やはり前田敦子にはかなわないと僕は見ている。個人的な見立てでは、次世代の天下とりは、『マジすか学園2』のストーリーよろしく、AKBメンバーではなく、SKE48の松井珠理奈だとみているが、豊臣秀吉のように名古屋から天下を取れるかどうかは、神様のみぞ知るであろう。秋元軍団の女神たちの将来はさておき、映画『もしドラ』はどうだったのか。
結論から先に言おう、この映画は、僕にとってはとても残念な作品になっていた。なぜ僕がこの映画の話を聞いたとき期待に胸を膨らませたかというと、それはまさしく1980年代に開花したアイドル映画の再来がこの映画をきっかけに、この時代に復活するかもしれないという期待である。『翔んだカップル』『セーラー服と機関銃』の薬師丸ひろ子や『時をかける少女』『私をスキーに連れてって』の原田知世、『野菊の花』『夏服のイヴ』の松田聖子らを代表する女性アイドル映画の興隆を同時代に僕は見てきた。男性アイドル“たのきんトリオ”近藤真彦、田原俊彦、野村義男が出演する映画『青春グラフィティ スニーカーぶるーす』には岡田奈々が、『ハイティーン・ブギ』には武田久美子らのアイドルも、花を添えていた。また演出的には、新進気鋭の映画監督から超ベテランの映画監督までが、徹底的にアイドルの魅力やアイドル映画の醍醐味をスクリーンに焼き付けていた。
監督の田中誠、撮影の中山光一、録音の小原善哉はみな1960年生まれ。編集の大永昌弘、美術の小泉博康はともに1964年生まれ。メインスタッフのほぼすべてが1960年前半に生まれている。つまり日本のアイドル映画全盛時代に青春を過ごしてきた世代である。僕が想像するには、この映画の演出を引き受けた田中誠は、かつて見たアイドル映画を再興し、日本映画を元気にしたいと考えていたはずだ。見当違いと一笑に付されるかもしれないが、この映画の前田敦子の演技の違和感を見た時に僕はそう確信した。原作の中で、主人公の川島みなみは、一見明るくは見えるものの小学生のときに野球規定の現実を知り、野球に対して深く心に傷を負った少女として描かれている。しかし、著者岩崎夏海、監督田中誠の共同脚本では、もうすこし明るく、元気なキャラクターとして川島みなみが描かれていたという。前田敦子は、そのシナリオ・演出プランをぶちこわし、原作が持つ憎しみを、彼女が背負った十字架を忠実に読み取り、主人公の心の内面を場面場面にさして哲学がないまま演じている。良く言えば直感的、悪く言えば行き当たりばったりに、川島みなみを演じているようだ。
前田敦子の天才的な感覚に、田中誠は演出をあきらめねばならなかったのか。彼女の多忙さを考慮に入れれば、仕方がないとやり過ごすことは簡単だが、僕が今、映画自体のことを本気で考えると“不幸な映画”だと思わざるを得ない。前田が監督の意向に反し、傍若無人に振る舞い、映画を駄目にしたかのような文章になってしまったが、そうではない。アイドル映画の芯を一本たて、前田敦子の魅力を最大限に発揮できなかったのは、根源的な意味において監督の責任である。監督には映画の方向性はブレないで欲しかったというのが、同時代を生きてきた1962年生まれの僕の感想であり、落胆である。想像の域を脱しないが、これが自分の正直な気持ちだ。
2011年6月



