ハンターキラー
ーご都合主義を超えてー

リンドウ 花言葉 『正義』
ロシア近海で一隻の原子力潜水艦が姿を消した。ジョー・グラス艦長(ジェラルド・バトラー)率いる原潜ハンターキラーは、捜索に向かった先で無残に沈んだロシア原潜を発見、生存者の艦長(セルゲイ・アンドロポフ)を捕虜とする。(『ハンターキラー 潜航せよ』フライヤーより転記)。それにしても、映画のフライヤーは、よくもあらすじを過不足なく、簡潔にまとめられるものだ。
極秘任務でロシア領内を偵察していた海軍特殊部隊が、ロシア国防大臣ドゥロフのクーデターを発見。グラス艦長は、チャールズ・ドネガン(ゲイリー・オールドマン)国防省参謀本部議長の指揮下で、監禁されたロシア大統領救出のためハンターキラーでロシア領海に向かうことになる。任務の完遂は容易なことではない。ロシア領海内まで辿り着くには触発機雷や感応機雷が張り巡らされた海中を潜航し、相手に気づかれれば魚雷で一溜まりもない危険な状況が待ち構えているからだ。
「潜水艦映画にはずれなし」の格言どおり、入念に練りこまれた脚本は、緊張感にあふれていて申し分ない。典型的なご都合主義と、こき下ろす批評家や観客たちも多いらしいが、際立った人物配置と演出感覚、編集リズムとが相まって充実した画面を作り出す。物語を進める上での一番の牽引力は、死んだと思われていた人間が生きており、その人物が接続詞となってストーリーを継続させる。また、ロシア領内での救出劇や潜水艦内でのソナー音と静寂の間の緊迫感も、展開が予測できてもハラハラ、ドキドキする。エンターテインメント映画としては上質なレベルだと断言できる。
記憶に残っている画面を一つだけ。クーデター側の親衛隊が、ロシア領内に潜入した米軍を捜索した時に、通常であれば、隠れていそうな鉄格子の建物の上まで登って、銃撃戦になる展開だけれども、あえて下から鉄格子の建物に向けて機関銃を連射、人の気配がないことを確認し、親衛隊はアジトに戻ってしまう。そして、太腿に銃弾を受けた新人隊員は痛みをこらえ、一声も発せず我慢して事なきを得る。通常であれば、立ち去ったあとに血の一滴が地面に落ち、観客は安堵するはずなのだが、そのような演出はしなかった。あれほど、期待通りに進めていく演出が滞ったのは、不可解でもあり、映画を引き延ばすためのご都合主義と言えるものであった。しかし、その後のシーンでハンターキラーが、絶対不可侵の海中で触発機雷を避け、音を感知されれば爆発する感応機雷を抜けようとしたところ、艦内ではボイラーか何かのボルトが緩み出し、ガタガタし始めたボルトをスパナで締め直そうとしたところ、手が滑ってスパナが床目掛けて落ちていく瞬間、仲間が落ちる手前でキャッチする。なるほど、血が落ちなかったのは、このスパナーが落ちなかったことに連動するのだと納得し、腑に落ちた。
映画のテーマも潤沢で、敵味方問わず、職務への使命感と責任感を共有する者同士のリスペクトが、グラス艦長とアンドロポフ艦長とのラストのやりとりで感動的に描かれている。しかし、それだけでは御都合主義というレッテルは剥がれない。私がご都合主義に感知しないのは、この映画製作の目的が正しいと信じるからだ。第3次世界大戦を仕掛けようとしているクーデター側に対して主人公たちの行動は、戦争回避という目的に収斂されている。まさに、それこそがご都合主義と評価されても、あえて“映画”として援護射撃したい理由である。
2019年5月



