GODZILLA ゴジラ

―概念が空回りしすぎた残念な大作―

" エノキ 花言葉 『共存共栄』 "

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「これほど観客をコケにした映画は最近見つからない」と思う反面、これは日本のゴジラとはまったくの別物なのだと考えるとむしろ心が安寧する。ヤン・デ・ポンとのゴジラプロジェクトが頓挫し、次に白羽の矢が立ったのが『インディペンデンス・デイ』のディーン・デブリンとローランド・エメリッヒの世界最強タッグである。最初二人は、この企画に難色を示していたが、トライスターの三顧の礼により製作が決定した。そこまではよかったのだが、二人が出したゴジラのキャラクターはデザイナーのパトリック・タトポロスによるイグアナの進化形であった。そこから悪夢が始まったのではないか。

ストーリーはスティーブン・スピルバーグの『ロスト・ワールド』の続編といった陳腐なもの。この映画のゴジラがニューヨークに上陸し、大暴れする必然性はなにもないのだ。マジソン・スクエアガーデンでの産卵後の子供ゴジラとの追いかけっこにしても、『ジュラシック・パーク』以上の新鮮味はないし、主義、主張も見当たらない。ましてや、魚を食べるゴジラなんて想像もつかなかった。ローランド・エメリッヒが、スピルバーグに弟子入りする気持ちがあれば、まだ可愛げもあるが、スピルバーグに対抗しようと思っているのなら浅薄すぎる。

とにもかくにも、怪獣映画、モンスター映画、自然破壊映画、物質文明批判映画など、ジャンル映画としても申し分のない最高の素材を、筋違いな成形で台無しにしてしまった責任は重いと言わざるをえない。

1998年7月