アメリカの夜 『映画に愛をこめて アメリカの夜』

(nuit ameicaine(仏語)/ day for night(英語)) 1973年作品

-映画愛に満ち溢れた『アメリカの夜』の二つの主題について-

" ルドベキア 花言葉 『あなたを見つめる』 "

© 1973,Renewed © 2001 Les Films du Carrosse S.A.

私の一番好きな映画は、フランソワ・トリュフォー監督の『アメリカの夜』である。1982年に映画情報誌『ぴあ』が特集上映を組み、はじめてフランソワ・トリュフォーの存在を知った。『大人は判ってくれない』を渋谷PARCO SPACE PART3で鑑賞し、我を忘れるほどの感動を受けたことを今でも鮮烈に覚えている。その出会いから数ヵ月後、五反田の名画座でトリュフォー映画と再会した。

『アメリカの夜』は、映画製作の裏側を描いた映画で、製作現場での数々の裏話や実話のエピソードが興味深く語られていく。この映画の主題は『Day for Night』という英語タイトルが明確に示しているとおり、「夜の代わりの昼」というのが仏タイトルの「nuit ameicaine」にあたる。つまり擬似夜景のことで、レンズフィルターと露出絞りの調節によって、昼間に夜のシーンを撮影するフランス語だけの映画用語だという。アメリカ映画では経費節約やスケジュールの効率化のために、夜のシーンを昼に撮影することが頻繁に行われているようだ。はじめて映画を作る人たちにとって、きっとバイブルになること請け合いである。ロウソクの炎に照らされたジャクリーヌ・ビセットの息をのむ美しさ。映画撮影は、すべて光を操ることから始まり、照明も含めて映画は光によって成り立っていることを改めて知る。そして、この映画もまた『緑の光線』のように光が主題の映画なのである。

映画のもうひとつの主題を考察したい。映画撮影の裏側を描くと同時に、映画の世界に集まる人々の人間模様を軽妙さと深刻さを織り交ぜながら描いている。映画の感想は各自それぞれでかまわない。映画とは、詰まるところ、映画館という空間に集合した不特定多数の人間がスクリーンと一対一で向き合い、同じ時間と空間を共有することにほかならないからだ。観客が同じスクリーンを見つめることが映画体験そのものならば、作り手側においては、映画とはいったいどういうものなのか。監督、キャメラマン、スクリプターなどのスタッフと男優、女優などの俳優は、映画を作るという目的を持って集まる集団である。トリュフォーは、映画の冒頭にジャン=ピエール・レオを地下鉄の出口階段から昇らせ、その後も次々とエキストラがセットを歩き回るのをカメラに捉えていく。監督の「カット!」の大声とともに、助監督が俳優陣をひとつの場所に集めるシーンは重要だ。先述したとおり映画は集まることから始まるものだから。映画がクランクアップをして俳優やスタッフたちは、別れの抱擁をして現場を離れていく空撮ショットをぜひ見て欲しい。映画館を後にする観客は、映画の思いをそれぞれの胸にしまいこみ、三三五五帰路につく。同様に映画人たちも名残惜しく仲間と別れていく。つまり、映画の営みとは人が出会っては、別れていく人生そのものを体現しているのだ。『アメリカの夜』はまさしく人生=映画自体を描いているのである。

2009年9月

SOURCE:BFITrailers https://www.youtube.com/watch?v=OBen19EjYAc