バイス

ー完璧な肉体改造、役作りー

" クレマチス 花言葉 『策略』 "

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1963年ドナルド・ラムズフェルド(スティーブ・カレル)の講演会に参加し、彼に対し同質のインスピレーションを感じたディック・チェイニー(クリスチャン・ベール)は、インターンシップに応募し、政治家の道を歩み始める。そして、ラムズフェルドに政治的な才覚を認められ、彼の片腕として一歩一歩頭角を現し、一時は失脚するものの最終的には副大統領まで登り詰める。

この脚本の2部構成は最近どこかで見たことがある骨格をしている。昨年大旋風を巻き起こしたあの映画『カメラを止めるな!』だ。本作は、映画を映画にした映画ではなく、ドラマ映像を主体にニュース映像を組み合わせ、さらに実際のニュース映像に、本人そっくりに役作りをした俳優を放り込み、さも映画自体がすべて事実のように錯覚させてしまう仕掛けだ。これもどこかで観たことがある画面構成『フォレスト・ガンプ』だ。

最近観た『女王陛下のお気に入り』では、イギリスのアン女王を演じたオリヴィア・コールマンや女官サラを演じたレイチェル・ワイズなど、実在した人物を扱っているが、彼女らは約350年前に没しているので、どのようにデフォルメされてもフィクションとして成り立つ。しかし、本作で描かれているのは、2003年にイラク戦争を仕掛けたジョージ・W・ブッシュとチェイニーで、ともにまだ存命であり映画にするには生々しい。

世界には自分勝手で、わがままな、独裁指導者が多数存在し、第3次世界大戦につながりかねない火種がくすぶっている。また、自国の安全や安心を大義名分に掲げ、自身の権力や富みを集中させることしか考えていない指導者も多い。

本作は、社会派エンターテインメント作品としては上々だけれども、なぜか心に残らなかった。その理由を自分なりに考えてみた。本作の面白さの根幹を支えているのが、本人そっくりに体型まで肉体改造し、演技したクリスチャン・ベール 、スティーブ・カレル、サム・ロックウェルの3人トリオだ。映画の中では機能していないが、コンドリーザ・ライスやコリン・パウエル両元国務長官役も、さりげなく激似である。そんな役者冥利な出演者たちの演技合戦が、単なるモノマネ映画ではない迫真性を持って、現実の観客に迫ってくる。

しかしながら、本作が“社会派エンターテインメント作品”のジャンルの枠からはみ出せない大きな理由がある。それは、主役の副大統領チェイニーは、なぜ政治家を志したのか、なぜ権力を掌握したかったのか、なぜ戦争ビジネスで巨額の利益を得ようとしたのかという”なぜ”の部分を曖昧にし、表面的にしてしまったからだ。奥さんに叱咤激励されたことや形式的な政治信条の吐露では正直まったく伝わってこない。

映画を“人に伝播する魂”と捉えた場合、チェイニーの内面と葛藤を描かない限り、世界に開かれた映画にはなり得ない。某自動車メーカー会長の事件の根底を紐解く参考にもならない。映画の役割は、テレビやラジオやインターネットのニュースと同じように、作品を通して思考停止を防せぐこと、自分自身や他者と会話することによって自分の考えや意見をまとめることだ。つまり、メディア・リテラシーである。我々は映画を見ることによって、真実を見つけ出すヒントや方法をますます身に付けなければならない時代に入ってきた。

そこで、「まさしくその通り」と、締めくくってはならない。メディア・リテラシーとは、「とはいうものの」から始まるからだ。”なぜ”の部分が描かれないのは”なぜか”ということも、いま一度考えなければ不十分だ。陰で心理を操作し、人を操る人間は、本音や本心を人前では語らないという映画のテーマを見つけられれば、”なぜ”を映画で描いていない理由がその答えになる。

2019年4月

出典:シネマトゥデイ https://www.youtube.com/watch?v=JWnR16WnmFk