日本×グアテマラ上映会&インターネット対話

日本×グアテマラ上映会&インターネット対話

『日本×グアテマラ上映会&インターネット対話』(NPO法人おおた市民活動推進機構主催)が2012年6月22(金)〜23日(土)の2日間大田区産業プラザPiOの一室で開催された。仕掛人は、同NPOの理事である池田佳代さんだ。一日目は、日本とグアテマラの子どもや若者がデジタル・ストーリーテリング(DST)の手法で作ったビデオ作品の上映会だ。二日目は、日本とグアテマラをインターネット回線で結び、グアテマラの作者と日本の作者が対話するイベントである。わたしは、その一日目の上映会に参加してきた。上映作品は、全16作品。日本の若者が制作した4作品とグアテマラの若者と子どもが制作した12作品だ。
 


まず、デジタル・ストーリテリング(DST)とは、どのような手法か確認しておきたい。DSTとは、自分で創作した物語を自分で語り、写真や音楽を組み合わせて動画をつくるワークショップである。はじめに、参加者は数名のグループになり、各個人が自分の伝えたいことを、1人称の物語として語り、グループの仲間と質問や意見を交わしながら、さらに自分の伝えたいメッセージや日頃考えている問題意識を、言葉として具体化していく。そのグループ間の対話こそがDSTワークショップの肝心要になっている。
 
グループ間の対話がいかに重要なのかは、作品を見ればよくわかる。ふつう動画作品は、当たり前のように、映像や写真や音楽や会話によって作品が整えられ、メッセージを伝えていく。しかし、DST作品は映像や音楽よりも、作者自身の肉声で見るものの心を揺さぶり圧倒していく。それは、グループ間の対話によって、言葉が吟味され、推敲され、先鋭化され、何も身を纏わない裸の言葉となっているからだ。テーマの大小や話の内容に関係なく、ここには簡潔でありながらも、豊穣な個の世界が広がっている。
 
当日視聴した作品で、私が一番心に残った作品は、サン・ファン・コマラバ村で制作された16歳のハイロ君の『僕の国の暴力』だ。自国の犯罪発生は「仕事がないこと、貧困、搾取、子どもが放置され教育の機会が与えられていないこと」が原因だと見抜いている。その世界は自分たちが作り出しており、自分たち自身の問題だとも捉えている。しかしながら、過酷な人生や運命は決して彼らの責任ではないと見るものは必ず思うだろう。映像制作を通じて、彼らの世界がすこしでも変わることを願うと同時に、私に何かできることはないかと自問自答する。

2012年7月