法政大学映画祭2011

魔女っ子マリー

昨年に引き続き、法政大学映画祭にゲスト審査員として招かれた。予備審査を通過した今年の上映・審査対象作品は10本。どの作品も制作者の個性や映画団体のカラーがあり、とても楽しめた。観客賞に選ばれたのは吉田友樹監督の『Amrita』。審査員賞も同監督の『魔女っ子マリー』が受賞した。本映画祭の2冠達成だ。審査基準は、構成、シナリオ、映像、音楽、演技について各項目を5段階で評価するポイント制で、ゲスト審査員が投票した点数を集計し、点数の高い作品が自動的に審査員賞になる仕組みだ。賞はルールに則り問題なく決まったが、審査員は上映会後に審査員トーク・イベントがあるので、お互いの投票を見比べながら約2時間別室で作品について感想を述べ合った。その話し合われた内容がトーク・イベントとして再現された。観客賞も同じく、一般観客の投票数が高い作品が選ばれた。私の作品評価の基準は、ある一定のレベルに達していれば作品の出来、不出来はあまり重要ではないと考えている。それよりもむしろ大切なことは、現在の大学生映画作家たちが今、この時代をどのように捉え、どのように自分の世界を構築しているかに興味がある。つまり、映画テクニックを競う前に、個の視点による自己表現とその問題意識が見たいのである。

どの作品も学生らしく、イマジネーション豊かで嬉しくなる。例えば、男女のひとつの恋愛をソフトフォーカス画面で紡いだ『amrita』は、男女の嗜好と感情の齟齬を描いたドラマだ。アイスクリームを食べる美しい女性をフレームに収める『Ice』と待つ人、待たされる人の情景を映像で切り取る『しとしと』は、ともに映像の表象表現を追求した作品だ。友情と恋愛のはざまで悩み、行動する男の物語『時をすませば5センチメートル』は、作中のエリの言葉「ずいぶん回りくどい作品ね」が主題のひとつとして浮かんでくる見事な作品だ。観察者を名乗る語り部が青春の一幕を3つのテーマで描く『これが、青春です』は、学生時代の青春模様をコメディタッチで、そしてオムニバス風にアレンジした創作で愉快だ。青春を題材にしたもうひとつのドラマ『夢のあと』は、オーソドックスに夢、仲間、友情、けんか、再生など、若者が持つ特権的テーマをストレートに表現し、好感が持てた。また流れるオリジナル音楽が印象に残る作品だった。愛を主題に意識と肉体の関係を描いた『肉』は、象徴的なゾウの滑り台の眼が忘れられない。自己と他者との希薄な関係性を大胆な手法で描写した『I can see the breath』は、効果音が活きている。映像にさらなる緻密さと工夫を凝らせば、もっとインパクトのある作品に仕上がっただろう。審査員賞を受賞した『魔女っ子マリー』は、大林宣彦監督の『HOUSE』の世界を彷彿させ、どこか懐かしい気持ちにさせる作品だ。メインになるドラマ部分を8ミリフィルムで撮ったことが大きな要因で、監督の作戦勝ちである。最後に2つの賞から漏れたものの、私にとって参考になったのが、人助けをテーマとした『HELPER!!!』である。人助けサークルを結成する大学生の主人公と彼の仲間たちが、売れないアイドル歌手の窮地を救う物語である。2011年3月11日に起きた東日本大震災の復旧ボランティア活動とはまったく無関係ではあるが、その“人助け”の精神に共感した。他の審査員には異論があるかもしれないがラストのオチも決して悪くないと思っている。

東日本大震災後の先が見えない状況の中で、映画祭自体の開催可否について映画祭実行委員会でも相当悩まれたと聞いた。映画を通して、自己の考えや思いを伝え、コミュニケーションを拡げようとしている私たちにとって、映画祭は交流の場として大きく機能している。映画好きの学生が集まって、ひとつの空間の中で、ひとつのスクリーンを共有する時間。その映画的瞬間を紡ぎ、映画を通じて自己の内面を見つめ、お互いの考えを尊重し合いながら、他者と語り合い、社会のつながりや絆の重要性を学ぶ場として映画祭がある。そんな精神や志をもつ法政大学映画祭のますますの発展を心よりお祈りするとともに、血肉の通った映画を作り続けている皆さんに「ありがとう」と感謝の言葉を伝えたい。

2011年7月