KAWASAKI しんゆり映画祭 橋本信一さんに聞く

第16回目を迎えるKAWASAKIしんゆり映画祭。映画祭の一環として中学生が参加するジュニア映画制作ワークショップに創設当初から関わり、中心的な役割を担ってきた橋本信一先生に映画祭とジュニア映画制作ワークショップの意義について聞いてみた。
―KAWASAKIしんゆり映画祭について
今年16年目になるのですが、もともとは日本映画学校が新宿で映画祭をやっていたのが原点です。そこでは吉村公三郎の世界だとか、今村昌平の世界だとか、今井正の世界だとか、巨匠の全作品を見せるという主旨のもと、新宿の町とか小田急さんとか、今村さんを中心にいろいろな人が集まって協力し運営してました。しかし、ある事情で新宿映画祭は中止になってしまいました。
当時、日本映画学校がある小田急線の新百合ヶ丘駅は新興の町でした。お祭りも近所のつながりも少ない新しい町には、やはりお祭りが必要だということで、たまたま川崎市としても、この北部を芸術の町にしたいという構想があって、両者の思惑が一致し、新百合ヶ丘で開催するので、『しんゆり映画祭』という名称で一緒にやることになったのです。当時は、まだボランティアもいない状況で、専務理事の武重邦夫さんが一人で頑張って、山田太一さん呼んだり、淀川長治さん呼んだり、ひとつのホールでこじんまりやっていました。
2年目から僕も参加して、「お前は若手の映画監督のほうを担当してくれ」ということで、塚本晋也さんとか、利重剛さんとか、矢口史靖さんとかを呼んで、この映画学校で上映会やトークイベントをしていました。
第3回目にやっと市民ボランティアを募り、市民の方々に来てもらうことになって、だんだん映画祭も大きくなり、徐々に市民の輪が広がっていきました。パンフレットや飾り物を作ったり、上映するプログラムも自分たちで選んだりして、数十人の人たちが関わり始めました。
2000年になってこのジュニア映画制作ワークショップが始まりました。どうして始まったかというと、これも武重さんが言い出したことですが、「文化は大人だけが享受しても仕方がない。この町はやがて若い人が支えていく。お年寄りはいずれいなくなるのだから、これからは、人の面を作っていかなければならない。若い人たちもこのお祭りを楽しみながら、文化も楽しむ場が必要ではないか」という理由で始まったのです。われわれはずっと映画祭をやってきたので、映画で子ども達に貢献できないかと考え、当初は教育とか具体性とかまったく関係なく、夏休みのお祭りで、みんなで楽しく映画を作って、野球でいうと草野球チーム、映画の草野球チームのイメージでやり始めたのです。最初は35人くらい来たのかな。3チームで3本の映画を作って、映画学校の先生を講師にして、学生やボランティアにも手伝ってもらいました。別に教育的効果があるとかまったく考えていなくて、子ども達が脚本を書いて、出演して、撮影して、演出してということをわれわれがサポートしていたのです。
正直最初は中学生に映画なんか作れるのかなと思っていたのですが、みんなが楽しんで、面白い映画を作ってくれたので、こちらもだんだん面白くなってきました。長く続けていくうちに活動が全国に伝わり、いろいろノウハウを教えて欲しいと東京や筑波大学などから視察に来ました。われわれはそれを隠す必要がないので、ノウハウを提供して、細胞分裂みたいに全国へ波及していったのです。なぜ皆さんが注目しているのかなと考えると、やはり教育を考えている人は教育効果を考えているし、リテラシーを考えている専門家はメディア・リテラシーを研究している。なぜ関心があるかというと、それは子ども達の終わったあとの感想なのです。しんゆり映画祭で作った映画を上映し、そこで佐藤忠男校長や今村監督さんにまで見てもらって、大人のちゃんとした意見や感想を子ども達が聞くのです。みんなが面白かった、良かったなどと喜んでくれたことが、「今まで生きてきて一番楽しい時間だった」「学校よりも楽しかった」とか、みんな終ったあと抱き合って泣いていたりするのです。なぜそんなに面白いのかと、われわれも10年やってきて吟味していくと、これはもともと教育的効果を狙ってやり始めたわけではないのだけれども、結果としていろいろな副産物がくっついてきたのではないかと、僕なりに分析をしてみました。
最初にお話したように映画は具体を求められるのですが、学校の中では先生との1対1の関係ってあんまりないらしいのです。ワークショップでは、「お前はどう思うんだ」とか、個人の個が問われます。教育でやっているわけではないのに、「お前、明日どうするの?」「この衣装は赤にするの、青にするの?」「お前が決めてくれよ」「僕ですか?」「そうだ、お前だよ!」。さらに、指導監督が「明日雨になったら中止するのかしないのか」「この人は、なぜこの台詞を言わなければいけないのか」など、どんどん一人ひとりに聞いていくのです。そうなると、なんとなくではすまないし、通らないのです。決めないといけない、決めないといけないということは決断しないといけない。そうすると自分の中に持っているもの、あるものを出さざるを得ない。学校だとそこまで要求されません。普通に座っていて、黙って授業を聞いていれば、1日が暮れていくじゃないですか。そしてたまにこれ解る人と質問されて、こうやって手を挙げて、当てられた人が答えて、そんなことじゃないですか。授業の中では“切羽詰ったような自己”とか、“自分とは何なのか”などは、まず問われない。われわれは授業でやっているわけではないのに、なにか映画を作る以上は、一つ一つの考えを徹底していかなければならない。子ども達に聞かざるを得ないのです。10人いると10人、一人ずつ聞いていくのです。「どうする?」「どうする?」「どうする?」って。みんなでワァワァ相談するし、嫌でも考えなければいけない。そうしないと一歩も前に進まないということで、自分の意見を言わざるを得ない。どんな子でも映画というのは、自分の意見を言わないと前に進まないんだ、しかも具体的なことを言わないと駄目なんだと、気づくのです。ただ好きとか嫌いとかでは通じなくて、「何で好きなの?」とこちらが突っ込むじゃないですか。「性格がそういう性格なんです。この人の衣装はこうでないといけないんです」というところまで、ぎりぎり問い詰めていくわけです。そうすると、気持ちがよくなってくるのですね。自分の中にあるモヤモヤとしたものが表現できてスッキリしていく、きっとそういうことなのですね。
もうひとつは、映画作りというのはチームなので、どんなキャラクターの人にも居場所があるということですね。おとなしい子でも、にぎやかな子でも、リーダーシップを発揮する子でも、どんな子でも居場所があるということなのです。例えば、内気な子でもカメラマンをやってもらって、黙っていても、画と音さえきちんと取れれば、お前はすごいということになるのです。にぎやかで人を仕切りたいという子は監督やプロデューサーをやればいいし、出たい子は役者をやればいいし、どんな子でも取り込んでしまう映画には場があり、それが面白いひとつの要因だと思っています。
また、ジュニア映画制作ワークショップは川崎市在住であれば誰でも参加できるので、学区外の子ども達とも知り合えます。私立も公立も関係なく、子どもたちが一緒になって、ひとつのチームを作ります。ひとつの村ですよ。ひとつの小さな村が出来る。いろんなキャラクターを受容しながら、文句も言い合い、話し合い、牽制し合いながら、村の住民たちが何かを解決し、チームとなって一生懸命やっていく。そういう経験が今の社会の中にはないのです。
そして映画は、結果が残り、形になるのです。終ったあと、みんなで見て、最後にDVDにコピーして渡すじゃないですか。ひと夏の結晶が形となって残るのですね。演劇ワークショップとどう違うのかというと、演劇ワークショップは形が残らないし、再現ができません。映画は10年後、20年後でも振り返って、自分たちが作ったモノとして残っている。それが映画ワークショップのいいところだと思います。
―ワークショップの成果について
お祭りでやり始めたことが、実はシネ・リテラシーという教育的効果の高いことが分ったこと。『映像のまち・かわさき』ということで市全体に応援してもらう状況になり、それを機会に川崎市でも映画を教えようという試みが始まったこと。ジュニア映画制作ワークショップのおかげで、公立の学校でも映画作りが授業の中で取り入れられ、高校でも、小学校でも映画を通じて、様々な教育が出来るきっかけづくりになったこと。今振り返ってみるとそういう種をまいてきたことが成果だと感じています。
―課題についてはいかがですか
夏休みに制作している子ども達の安全確保のため、川崎市の市民ボランティアの人たちに助けていただいているのですが、まだ人手が足りないことです。例えば、道路に飛び出したりしないかとか、熱中症対策とか、子どもに映画を作らせるのは危険が伴うので、そういった部分では人が必要なのです。夏休みの土・日は助けてくれる大人も多いのですが、平日に撮影が重なっちゃうと、なかなかサポートスタッフが整わない。下手をしたら映画学校の人間だけで撮影しなきゃいけないということがあるのです。もっともっと地域の中で、普通に手伝う人がいて、特別にその中に集まるのではなく、自然に集まってくれるといいし、大学に通っている学生にもサポートスタッフに入ってもらって、自分の勉強も含めて、もっと若い人たちが支えて欲しいという思いがありますね。みんな夏休みで忙しいと思うけれども。
―今後の目標について
目標は、地道に続けていくことです。毎年続けていくというのは結構大変で、あまり大きくしていくよりも、この規模でいいから、長く続けていきたい。ここから育った子がジュニアのサポートスタッフや指導者として戻ってきて、ジュニアを支えてくれる人材になれば、うれしいと思っています。
―そういう学生さんもいるのではないですか
第一期生が日本映画学校に入学しました。大学生になって手伝いたいとサポートスタッフになってくれる子もいます。実際自分も経験者なのでよくわかるのですね。われわれが言うよりも、やって悪いことについて、なぜ駄目なのかを分りやすい言葉で伝えてくれています。自分が当事者だったからよく分るのです。そういう子ども達が何人もいるので、それはとてもうれしいです。自分たちのふるさとというか、ひと夏を過ごした自分たちの砦と思っている人も多いのではないかと感じています。
たかが映画、されど映画ですね。映画が残した意味というものがきっとあるのです。昨年思ったのですが、映画じゃないと駄目だっていう何かがあるのです。中学生というのはわりと論理的に言葉で伝えるのが苦手なのです。なんか学校の中でモヤモヤしたものがあって、「そのモヤモヤしたものってなに?」「だからこういうことなんです」って言われてもよくわからない。そこを脚本に書いていくのです。実際彼らもよくわかっていないので、「そのモヤモヤした感じを出してくれよ」と言っても、言葉に出来ないのです。しかし、自分たちで撮影し、編集が進んでいくと「こういう感じ、こういう感じ」ってなってくるのです。つまり自分の言葉や考えが具体化されていくことに喜びを感じていくのだと思います。最後に音が入って、音楽が入って出来上がると、「そうなんです、私が言いたかったのはこれなんです」となるわけです。私も言葉で聞いたときは分らなかったのですが、映画になってみると表現したかったことが理解できるのです。彼らにとっての映像言語があるわけですね。言葉ではなかなか大人には伝わらないけれども、こんな感じっていうのが、昨年の『スイッチ』にも出ているし、『水色のしずく』にも出ていたし、『リプレイ』という作品にも出ています。今の中学生はわりと能天気のようにみえるけど、いろいろ考えて、悩んでいるのです。中学生っていうのは高校生のような大人でもないし、小学生のような子どもでもない不思議な世代なのです。だからこそ複雑な感情を描けるのだと思います。このワークショップを高校生にやらせたらたぶん大人の真似事になってしまうと思うのです。大人でなく、子どもでない、中学生の肌感覚というのが大切で、武重さんがなぜ中学生を対象にしたのか最近よくわかってきたような気がします。これがたぶん、映像ではなく、言葉だったり、文章だったりしたら違うだろうなと感じています。
2010年6月21日 日本映画学校にて
後記
橋本先生は、できるだけ早くジュニア映画制作ワークショップの体制や環境を整えて、編集とか音付けとか、ポストプロダクションにも力をかけたいと話していた。映画が面白いのは(撮影)現場だけではなくて、仕上げの面白さも伝えたいからだ。そのためには、もっともっとサポートスタッフが必要だ。私もお手伝いが出来ることがあれば、川崎市の住民ではないが、協力していきたい。
KAWASAKIしんゆり映画祭のホームページ
https://www.main.siff.jp/



