2025年度劇場鑑賞作品
2025年は、毎年目標にしている劇場鑑賞36本を達成した年になった。リバイバルやシネマコンサート、2度見た作品もあるが、目標をクリアした。作品のコメントを書くにあたってOpen AIなるAIチャットやマイクロソフトのCopilotも試して一部参考にした。本当に優れもので、このAIなるシステムがさらに高度になれば、“映画評論家”という職業はなくなるかもしれないとさえ思った。だからこそ、映画を見るにはますます独自の視点を持つことが重要になると再認識した。いうことで、本年見た作品は以下の通りである。最後に洋画ベスト3と邦画ベスト3をあげてみた。※敬称略

『ライオンキング ムファサ』 (原題:Mufasa: The Lion King)
監督:バリー・ジェンキンス
C Gによる壮大な自然描写を背景に、王として語られる前のムファサの孤独と成長を描き、登場動物の心情を繊細に掘り下げ、困難や葛藤、希望と責任をテーマとして子ども向けでありながら大人にも響くドラマ性を持っている。年初に見る相応しい作品。

『アンダーニンジャ』
監督:福田雄一
漫画家・花沢健吾の人気コミック「アンダーニンジャ」を実写映画化。現代にニンジャが存在しているという突飛な設定で描いた本作は、現代のニンジャを「時代に取り残されつつも社会の裏側で生き続ける存在」という視点で描いている。浜辺美波が出演しているだけで見に行った作品。

『ET』<リバイバル> IMAX(原題: E.T. The Extra-Terrestrial)監督:スティーブン・スピルバーグ
1982年公開、S F映画の金字塔。大学生時代に劇場で見た時は、子ども達の自転車が飛ぶまさかのシーンで大号泣したが、今回の鑑賞では、エリオットとの別れのシーンでしみじみ涙が溢れ出た。理屈ではなく感情の奥底を直接揺さぶる傑作である。

『ジュラシックパーク 3D』(原題:Jurassic Park 3D)
監督:スティーブン・スピルバーグ
3Dの視覚効果は、単に「飛び出して見える」ことを狙うのではなく、奥行きと臨場感を強調する方向で有効に使われている。もともと映像完成度が非常に高いけれど、ギリギリまで攻めた3D化は、作品世界への没入感を高めるという意味では十分に機能していたと思う。

『遺書公開。』
監督:英 勉
とある高校を舞台に、誰が作ったともしれない序列で、自然とクラス内に身分制度ができる。そんなある日、クラスNo.1の姫山椿(堀未央奈)が突然自殺をして、やがて彼女が書いた遺書がクラス全員に配られる。彼女の自殺の原因を探るためその中身を各自発表することになるが、そこには文言とは裏腹の気持ちが込められていた。群像劇らしく、恨み、失望、秘密、暴露、告白、本音、嫉妬、裏切り、圧力、孤独、連帯、再生などのキーワードが満載である。若手俳優陣が自己の内面を徐々にして吐露していく経緯や露見する過程が面白い。会話劇の伏線も細かく回収されながら、緻密に組成されいる。物語の起点となり、物語の軸になる堀未央奈が、全力で自己の内面を表情に刻んでいる。

『SHOWTIME7 ショウタムセブン』
監督:渡辺一貴
舞台となるテレビ局というロケーションは、予算を抑えつつも映像的な密度も高められ、非常に合理的な選択だと感じられるものの、 映画としては派手なセットや大規模なロケもなく手応えがない。メディアの役割を再確認させるにはストーリーに新鮮さもなかったかもしれない。

『WICKED ふたりの魔女』(原題:Wicked)
監督:ジョン・M・チュウ
児童文学「オズの魔法使い」に登場する魔女たちの知られざる物語を描くブロードウェイミュージカル「ウィキッド」を映画化した2部作の前編。「善悪の再定義」や「他者理解」など大きな題材が横たわっているが、私が気になってしまったのは、出演者のアリアナ・グランデの腕や手指などにある複数の刺青を消す作業にどれくらいの手間とコストがかかっているのかという点だった。

『知らないカノジョ』
監督:三木孝浩
恋人同士だったはずの二人が、ある出来事をきっかけに“まったく別の関係性”になってしまうという設定を通して、相手を理解しているつもりでも、実は何も分かっていなかったという、気づきが物語の中心となっている。主役の中島健人が自分の弱さと向き合う過程で何度も涙を流すシーンが印象的でした。
いつもことながら三木監督は、女性を美しく撮るのに長けていて、期待を裏切らない。

『名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN(原題:A Complete Unknown)
監督:ジェームズ・マンゴールド
近年、実在のシンガーソングライターを描いた映画が増えているのは、「作り物ではない、本物の物語を求める欲求」にある。それは、既に評価された楽曲や人物像があることで、物語の芯がぶれにくく、俳優のリアルな演技力を前面に押し出せるという利点もある。俳優はすごい、ティモシー・シャラメがボブ・ディランに見える。

『片思い世界』
監督:土井裕泰
広瀬すず、杉咲花、清原果耶の豪華共演、将来の日本映画界を支える女優三人が集結した。本作は、殺人事件というリアル世界から幽霊世界へとファンタジーに向かうことで “終わった命”というよりも“幽霊になっても生きている”という強いメッセージを持っている。一方方向の世界で、彼女たちはこれからも幸福に生き続けるだろう。

『アマチュア』(原題:The Amateur)
監督:ジェームズ・ホーズ
C I A本部でサイバー捜査官として働いているチャリー・ヘラー(ラミ・マレック)のキャラクターは、非常にシンボリックに描かれている。タイトル通り、彼はプロの暗殺者でも冷酷な工作員でもない。監督ジェームズ・ホーズの狙いは、”暴力映画”でありながら、本質は“心理ドラマ”。「身体的強さ」で戦うヒーローではなく「知性と執念」で戦う生身の人間。という対比にある。

『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は。』
監督:大久明子
後ろ姿の河合優実がヘッドホンを装着し、激しい雨音を遮断しているかのように始まる本作は、音の映画ではないかと想像できる。一例として、キーとなるポストのシーンからも分かるように音が戦略的なピースとして収まっている。しかし、この映画の最大の見せ場は、主演三人の長台詞にある。その中でも特に、さっちゃんこと伊藤葵の告白シーンは群を抜いている。2カメで撮影したと思われるシーンは、ラストの手の込んだ画面の連鎖によって感情クレイジーになる。小雨を捉えた街灯のワンカットは、告白の舞台の重要なファクターだ。本作を初めて見た時に感じた親近感は、通っている大学や喫茶店をありのままに撮ること、駅前や近所の街並みを自然に撮ることなど、まさしく自主映画のような佇まいにある。

『ミッション:インポッシブル ファイナル・レコニング』(原題:Mission: Impossible - The Final Reckoning)
監督:クリストファー・マッカリー
本編が始まる前にトム・クルーズより観客に向けてお礼のメッセージがあった。「お礼をいうのは、こちらの方です」と胸に手をあてて感謝の言葉を静かに呟いた。映画のテーマやストーリーなどはどうでも良い。トム・クルーズが、生きて撮影が終わっていれば、作品は間違いなく素晴らしい出来になっていると確信できる。それが、ミッション:インポッシブルシリーズだ。監督のクリストファー・マッカリーは、かの『ユージュアル・サスペクツ』(ブライアン・シンガー監督)で第68回アカデミー脚本賞(1996年3月開催)を受賞した脚本家だ。その彼が今では、トム・クルーズの盟友となり、映画の脚本を書き、監督している。アメージング!

『ミッション:インポッシブル ファイナル・レコニング』IMAX(原題:Mission: Impossible - The Final Reckoning)
監督:クリストファー・マッカリー
ミッション:インポッシブルをIMAXで鑑賞する幸せに感謝。「ありがとう、トム」。

『RENOIR ルノアール』
監督:早川千絵
主人公フキの様々な経験をリアルな出来事と抽象的なイメージを織り交ぜながら描いた、思春期の少女の冒険映画として評価した。主演の鈴木唯の生の個性をどのように活かしていくかが監督の腕の見せ所であった。長編第一作(PLAN75)のような老いをテーマに持つ身近な題材ならともかく、少女の心象を表現するカットの断片を読み解く術を私は持ち合わせてなかった。

『メガロポリス』 (原題:Megalopolis)
監督:フランシス・フォード・コッポラ
構想40年、私財186億円を注ぎ込んだ、コッポラ全身全霊を捧げた一世一代の大勝負。正直、一度見ただけでは、私は何も掴めませんでした。物語に縛られず、文明論的な思想に囚われず、私のできることは、ただただスクリーンを見続けるしかありませんでした。もう一度、スクリーンで見たい。

『国宝』
監督:李相日
恐れずに言うと、いつも同じ演技しかしていないと感じていた横浜流星が多彩な表情を見せて感嘆した。吉沢亮の演技をしっかり受け止め、一挙手一投足が心に残った。今回、女優陣は全員脇役に回る形になっていたが、寺島しのぶ、高畑充希、森七菜もみな期待に応え、作品のクオリティを高めた。

『FI(R) / エフワン』 (原題:F1: The Movie)
監督:ジョセフ・コシンスキー
今年見た映画の中で一番胸に刺さったセリフがここにある。それは、ブラッド・ピットが、レース中にタイヤ交換でミスをした女性メカニックに「他者が責めるのだから自分を責めるな(そんな字幕だったと思う)」と言葉をかけたシーンである。主人公は、失敗そのものよりも“自分を責め続けることで”自滅した人間をたくさん見てきたからかもしれない。なぜその言葉が自分に響いたのかと自問すると”人間誰しも失敗やミスをする”というメッセージに救われた気持ちになったからである。

【閑話休題】
JOE HASAISHI ROYAL PHILHARMONIC ORCHESTRA SPECIAL TOUR 2025
STUDIO GHIBLI FILM CONCERT TOUR FINAL AT TOKYO DOME
指揮:久石 譲
東京ドームでの久石譲(指揮)のコンサートを家族四人で鑑賞した。74歳の彼は非常にエネルギッシュで、まだまだ現役だと安心した。これからもジブリ作品の音楽を手掛け、われわれの心を潤して欲しい。

『「桐島です」』
監督:高橋伴明
絶対数を見ていないが、個人的にピンク映画の巨匠と尊敬している高橋伴明。ピンク映画の生涯のベストワンは忍海よしこ主演『襲られた女』である。カラオケ機器を10年間売っていた経験を持つ筆者のおはこの一つ、河島英五の『時代おくれ』の歌詞は、筆者の生き方に示唆を与えてくれた楽曲である。今でもカラオケに行くと若い頃を思い出し歌う。アジア反日武装戦線メンバーの桐島はその歌を本当に歌っていたのだろうか?この映画のための高橋伴明のチョイスであれば、運命的としか言いようがない。


『シュラシックワールド 復活の大地 』(原題:Jurassic World: Rebirth)
監督:ギャレス・エドワーズ
ジュラシック・パーク (1993)、ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク (1997)、ジュラシック・パーク III (2001)、ジュラシック・ワールド (2015)、ジュラシック・ワールド/炎の王国 (2018)、ジュラシック・ワールド/新たなる支配者 (2022)・・・新旧三部作に続く新たな新章として完成。一貫として流れるテーマは”人類と恐竜との共存”。しかし、現実世界においては、熊との共存さえできない日本(国)がある。エンターテイメントとして楽しもう。IMAXで鑑賞したと誤って記憶していたほど迫力があった。

『バレリーナ THE WORLD OF JOHN WICK』 (原題:From the World of John Wick: Ballerina)
監督:レン・ワイズマン
本作を見た感想は、あまりにタランティーノ的であり、オマージュであるとさえ思ったほどだ。まず第一に、復讐劇&スタイリッシュな暴力劇。第二に、女性主人公の復讐の美学は、『キル・ビル』のザ・ブライド(ユマ・サーマン)を想起する。第三に、世界観としても、ノワール、神話的設定、西部劇的構図、武術アクションを混ぜ合わせたジャンル・ミックス。人間のぶっ壊れかたや炎の使いかたは、タランティーノ映画を拡張している。大満足のエンターテインメント映画として仕上がっている。

『鬼滅の刃 無限城編 猗窩座再来』
監督:外崎春雄
アニメについて語る資格もなく、話題作ということで見に行っているだけだと打ち明ける。まず、『猗窩座』という漢字も読めない。調べると”あかざ”と読むらしい。当然、広辞苑には掲載されていない当て字だ。私が思うことは、映画を通して子どもたちが”漢字”についても興味を持ってくれれば、願ったり、叶ったりである。

『ブラック・ショーマン』
監督:田中 亮
東野圭吾原作の映画化に、基本予算がかかっていないと思うのは私だけであろうか。ストーリー次第だと思うが、”コンフィデンスマンJP”シリーズの田中亮が監督をしているので、派手な演出を期待したが、こじんまりまとまってしまった。出演者の見せ場は福山雅治の手品くらいか?映画鑑賞としては邪道な見かたかもしれないが、謎解き場面においても、主人公ひとりで仕掛けを準備するにはあまりにも無理がある設定だと感じた。

『遠い山なみの光』
監督:石川 慶
物語は、イギリスで暮らす悦子(吉田羊)が、かつて長崎で出会った佐知子(二階堂ふみ)とその娘の記憶を、自分の娘ニキ(カミラ・アイコ)に語る形で進んでいく。冒頭にニキの妊娠発覚を持ってきて唐突さを感じたが、のちに物語の前提となる設定だったことがわかった。映画のポイントは、吉田羊が語る”二人”は、物語上は別人物として描かれているが、演出上は”同一性”を匂わせる構造になっていて、バラバラだった断片が一つの人生に統合される形で映画の本質に迫っていく。広瀬すずの最後の鬼畜の見せ場まで、二階堂ふみがずっと映画を引っ張っていた。

『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』(原題:The Phoenician Scheme)
監督:ウェス・アンダーソン
俯瞰による冒頭の箱庭的ショットは、「これは作り物の世界」であることを象徴している。そして、シンメトリーの構図、独特の色彩、綿密な舞台設定などは“様式美”の極みである。ルノワールやマグリットの絵画など実物を使用し、レンタルの交渉、移動、配置、照明など、大変だったことが想像できる。

『ハウス・オブ・ダイナマイト』(原題:A House of Dynamite)
監督:キャスリーン・ビグロー
大陸間弾道ミサイルが米国に向けて発射され、約20分で壊滅的被害が起こり得るという極限の時間を描いた作品である。ホワイトハウス、軍、一般市民など複数の視点を通して、国家の意思決定がいかに個人の感情や倫理から乖離していくかが浮き彫りになる。どこの国から発射されたかわからない正体不明さ、見えない敵の姿が、現代世界の混濁を表している。危機が訪れたときに、「本作のように時間を巻き戻せることが出来れば良いのになあ」と心より願った。

『ワン・バトルアフターアナザー』(原題:One Battle After Another)
監督:ポール・トーマス・アンダーソン
この映画の見どころは、主演のレオナルド・ディカプリオと敵役となるショーン・ペンの演技合戦と、もう一つは、米カリフォルニア州ボレゴ・スプリングスのハイウェイ78号線付近で撮影された、道路の起伏を最大限に生かしたカーチェイスにある。大スクリーンで見ることが映画の絶対的条件だと証明するシークエンスである。一つの素晴らしいシークエンスには必ず専門家が存在する。『ワイルド・スピード』シリーズや『フォードvsフェラーリ』『グランツーリスモ』(2023)『フェラーリ』(2023)など数々のアクション映画・レース映画に参加してきたロバート・ネイグルというスタント・ドライバーがその人である。

『ローズ家の戦争 崖っぷちの夫婦』(原題:The Roses)
監督:ジェイ・ローチ
夫婦の対立、破綻を描くブラックコメディの体を成しているが、本質的にはジェンダー問題がテーマである。男女が社会から与えられた役割に縛られ、互いを“理想のパートナー像”に押し込めようとする構造そのものが崩壊の原因となる。“男女はどうあるべきか”という固定観念そのものを問い直すという、現代の夫婦が抱える構造的問題に答えは見つからない。

『爆弾』
監督:永井 聡
タイトルの『爆弾』が示すとおり、爆破シーンがしっかり描かれており、取調室の心理戦と掛け合わせ、機能するレベルまで映画予算がつけられていると感じた。そうでなければ、取調室での山田裕貴、渡部篤郎、佐藤二朗の会話劇に緊迫感や緊張感も生まれず、駄作に落ちてしまう危険性さえある。今回製作に出資しているフジテレビグループも「頑張った」と思った。

『盤上の向日葵』
監督:熊澤尚人
賭け将棋の真剣師であり、師匠にもなる東明重慶こと渡辺謙が主人公の天才棋士・上条桂介こと坂口健太郎に殺させることが、見終わって、家に帰って考えてもよくわからなかった。根本的に、まもなく死ぬことがわかっている東明が、将来ある若者に殺人を依頼するのがおかしい。物語的に崩壊しているとさえ思ってしまう。幼少期の虐待や生い立ちもあり、初めて(技量としても)尊敬できる父性を東明に見出し、心理的支配、絶対的服従を目に見えない形で刷り込まれた上条が、謙さんの気迫に押され殺してしまったのか!?それは映画とは別の次元の話である。

『旅と日々』
監督:三宅 唱
三宅唱初鑑賞。夏(海)と冬(雪)、劇中劇と現実の旅、動(海の風・雨)と静(雪の宿)、若者の刹那的な行動と大人の苦悩による停滞が対比的に、そして詩的に表現されている。主人公の女性脚本家の李(シム・ウンギョン)は、脚本家としての才能に悩んでいる。本作は、旅を通して人生(日々)を一歩前に進めるドラマとして感得した。河合優実の水着姿だけでも映画を見にいく価値がある。最大の褒め言葉である。

『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』(原題:Springsteen: Deliver Me from Nowhere)
監督:スコット・クーパー
ミュージシャンに心の病が多いのはなぜだろう?ブルース・スプリングスティーン自身、長年うつ病と闘ってきたことを公表している。音楽家が背負う孤独や創造の苦しみ、自己との闘いが映画に描かれている。話は違うが、最近YouTubeで『We are the world』のメーキングを見た。スプリングスティーンが重要なパートを担っていた。本人にとっては、喜びではなくプレッシャーだったのだろうか?

『東京タクシー』
監督:山田洋次
最近、ひしひしと感じる映画を見る機会が減っている。エンターテインメントの世界、つまり非日常の世界に浸りたいという現実逃避からだ。そんな矢先、“人と人のつながり”を、現代の東京という大都市の中で問い直す『東京タクシー』に出会えた。タクシーという密室は、見知らぬ者同士が偶然出会い、短い時間だけ人生を交差させる特異な空間だ。山田監督はこの“偶然の出会い”を通して、都市に生きる人々が抱える不安や孤独を、他者と関わることで希望を見出そうとしている。この大きなテーマを木村拓哉と倍賞千恵子にタクシーている。

『お兄さんを持ち運べるサイズに』
監督:中野量太
最後までこの映画に共感できず、見終わってしまった。妹(柴咲コウ)の視点から描くドラマであることは重々承知の上で、兄(オダギリ ジョー)の依存行動がまったく理解できない。大切に育ててくれたお母さんが亡くなり、事後処理が嫌で逃げてしまったり、葬式にひょっこり現れ香典から小遣いをせびったり、わがまま過ぎる。ドラマ的に、理解不能な兄として誇張されていることを踏まえても受け入れるには無茶がある。初めのほうのシーンで、オムライスをうまく食べられないオダギリー ジョーの子供時代のシーンがあったが、のちに両親がレストランを経営しているようなシーンが出てきた。その時点で、脚本さえ破綻しているのではないかと疑心暗鬼になっていたことを告白する。

『トワイライト・ウォーリアーズ 決戦!九龍城砦』 (原題:Twilight of the Warriors: Walled In)
監督:ソイ・チェン
この映画の素晴らしさは、九龍城砦の圧倒的な実在感で、ほとんどCGを使わず映画のセットとして作られている。迷路のような路地、天井の低い通路、無数の配管・電線、雑居ビルが無秩序に積み重なった構造、湿気と汚れの質感、どれをとっても本物としか見えない。さらにアクションや男たちの友情ドラマが加われば鬼に金棒だ。映画館では、若い女性観客が多かったのはテレンス・ラウ(劉 俊謙)が出演していたからでしょうか?

『アバター ファイヤー・アンド・アッシュ』 IMAX(原題:Avatar: Fire and Ash)
監督:ジェームズ・キャメロン
クリーチャーデザインの巨匠、ネヴィル・ペイジとジェームズ・キャメロンが造形した『アバター』のキャラクターが、ミラノ・コルティナ冬季五輪、金メダルを獲得したオリンピアンに似ていると思ったのは私だけであろうか。決して悪い意味ではないことをお断りしておきます。
その他、Amazon Prime Videoで視聴した作品
・ビーキーパー、教皇選挙、アイス・ロード:リベンジ、きさらぎ駅:Re:、フロントライン、#真相をお話しします、見える子ちゃん
2025年度ベスト3
<洋画>
1位:ミッション:インポッシブル ファイナル・レコニング
2位:バレリーナ THE WORLD OF JOHN WICK
3位:FI/エフワン
<邦画>
1位:今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は。
2位:遺書公開
3位:東京タクシー
*2026年度の鑑賞記録はもっと早くアップするよう努力します。

※サムネイルは、『The world Goldism Revolution!』
(c) Alpha Omega EastSunFilm Co.,Ltd.
私のドキュメンタリービデオの主人公、安東恭助氏。
絶賛編集中!年内完成予定。



